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札幌高等裁判所 平成4年(行コ)5号 判決

控訴人

札幌北税務署長中島俊一

右指定代理人

栂村明剛

外六名

被控訴人

岡西功

右訴訟代理人弁護士

三木正俊

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人の請求中、控訴人が被控訴人に対して昭和六〇年一〇月五日付でした更正及び延滞税の賦課決定の取消を求める部分を却下する。

2  控訴人が被控訴人に対して昭和六〇年一〇月五日付でした過少申告加算税の賦課決定のうち一一四万一〇〇〇円を超える部分を取り消す。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (本案前の申立て)

本件各訴えを却下する。

(本案について)

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  本件事案の概要

一  事案の要旨

次のとおり付加、訂正するほか、原判決(平成四年四月七日付更正決定を含む。以下同じ。)事実及び理由第二、一(原判決一枚目裏末行冒頭から二枚目表一一行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

原判決二枚目表四行目の「更正処分」の次に「(以下「本件更正」という。)」)を加え、「及び延滞税の各」を削り、四行目から五行目にかけての括弧書を「(以下『本件賦課決定』という。)」と、一〇行目の「本件各処分」を「本件更正及び本件賦課決定並びに控訴人が昭和六〇年一〇月五日付でした延滞税賦課決定処分」とそれぞれ改める。

二  争いのない事実

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び理由第二、二(原判決二枚目表末行冒頭から三枚目裏一〇行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏五行目の括弧書を「(以下、別表1の番号1の借入金を「本件借入金1」のようにいう。)」と、八行目の「と弁済」を「をそれぞれ弁済」と、一〇行目の「及び」から一一行目の「課税処分の」までを「から審査請求に対する裁決までの」とそれぞれ改め、一一行目の「課税状況」の次に「等」を加え、三枚目表七行目の「五〇八万一五〇〇円」を「五九二万一五〇〇円」と、同裏三行目の「所得税法三七条の二の二項」を「租税特別措置法(平成三年法律第一六号による改正前のもの。以下同じ。)三七条の二第二項」とそれぞれ改め、四行目の「修正申告」の次に「(以下「本件修正申告」という。)」を加える。

2  同一三枚目(別表1)の番号1の保証年月日欄の「10―7」を「10―2」と改める。

三  争点

1  本件訴えの適法性

(一) 控訴人の主張

(1) 被控訴人は、本件更正について審査請求をした後である昭和六一年四月三〇日に、控訴人に対し、本件更正により納付すべき税額を上回る税額を記載した修正申告書を提出して本件修正申告をした。納税申告、更正、決定は、いずれも納税義務を確定させるという公法上の効力において異ならず、これらの行為が複数なされたときは、先に行われた行為は後に行われた行為に吸収され、その外形が消滅すると解するべきである。したがって、本件修正申告により、課税標準及び税額ともに本件更正の額を上回る額に修正され、同時に確定し、本件更正は、本件修正により吸収され、独立の存在を失ったものであるから、取消訴訟の対象とはなりえない。

本件修正申告は、租税特別措置法三七条の二によるいわゆる義務的修正申告であるが、国税通則法一九条三項の修正申告である(租税特別措置法二条一項一三号)から、修正申告の意義、性格において異なるところはない。被控訴人は、本件修正申告をすることなく、異議申立て、審査請求の段階、本件訴訟において、取消を求める税額を修正申告すべき税額分だけ減額する方法により、本件更正を争う利益を失うことなく、修正申告すべき所得金額の申告を事実上果たすことができたのに、自らの判断で本件修正申告をしたのであるから、吸収説の例外として被控訴人を救済すべき特段の事情があるとはいえない。

(2) 被控訴人は、延滞税の賦課決定処分の取消を求めているが、延滞税納付義務は、本税について納期限を徒過したときに特別の手続を要しないで成立、発生し、その額も確定するものであるから、取消の対象となる処分は存しない。したがって、右請求は不適法である。

(二) 被控訴人の主張

(1) 控訴人は、原審において同旨の主張をして本件訴えの却下を求めていたが、平成四年三月二四日の口頭弁論期日で右主張、本案前の申立てを撤回した。右撤回は、本件訴訟において、再度同旨の主張をしないという当事者の暗黙の合意、訴訟上の契約のもとになされたものであるから、控訴人の主張は不適法であり、仮にこれが合意とは認められないとしても、当事者の一方の判断で相手方の審級の利益を奪うことになること及び右撤回の経緯から、控訴人が控訴審で再び同旨の主張をすることは信義則上許されない。

(2) 控訴人の主張によると、本件の場合、被控訴人は本件更正を争いつつ、修正申告をする方法はなく、租税特別措置法三七条の二第二項により修正申告が義務付けられており、その義務を解除する規定はないのに、本件更正を争う利益を喪失しないためには右義務を履行してはならない場合があるという、解釈上争いのある極めて高度に専門的な法律問題を個々の納税者に判断せよというもので、不合理であり、右義務を解除する明文の規定がないのに、右義務を履行すると納税者の意思とは乖離した不利益を課せられるということになれば、法の規範性は放棄されることとなる。

被控訴人が修正申告をしなければ、被控訴人は増額再更正において過少申告加算税の賦課決定をされる危険があり、国税通則法六五条四項の「正当な事由」にあたるから過少申告加算税の賦課決定はないものと期待して、修正申告をすべきでないと判断せよというのは無理を強いるものである。また、被控訴人が修正申告をしなければ、修正申告書の提出期限から再更正までの間延滞税が発生するのであり、控訴人がこのような不利益を甘受すべき理由はない。

控訴人は吸収説を前提としているが、国税通則法は、吸収説と併存説の折衷的立場をとっており、同法二〇条は吸収説では説明できず、同法一〇四条二項も併存説によっているのであって、吸収説を形式論理的に徹底した考え方は採用していないから、ケースバイケースで判断すべきである。本件において吸収説により形式論理的に訴えの利益がないとすることは、被控訴人が本件更正に対して審査請求をして不服の意思を明確にしているのに、法律上義務付けられた修正申告をしたため本件更正を争う利益を失うという結論となり、更正を争う利益を失うことなく義務付けされた修正申告をする方法がないという法の不備を納税者に不利益に課するものであって、このような解釈は許されない。

2  所得税法六四条二項の適用の可否

(一) 被控訴人の主張

次のとおり訂正するほか、原判決事実及び理由第二、三、2(原判決四枚目表八行目冒頭から同裏五行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

原判決四枚目表八行目冒頭から一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「(一)(1) 別紙個人金融業者借入一覧表番号1ないし4記載の借入金(原判決別表2番号①ないし④の借入金に対応する。以下、別紙個人金融業者借入一覧表番号1の借入金を『金融業者借入金1』のようにいう。)の債務者は、名義上被控訴人となっているが、実質は我妻久芳(以下『我妻』という。)ないしは札幌基礎調査株式会社(以下『札幌基礎調査』という。)であり、被控訴人はその保証人である。

本件借入金1ないし4は金融業者借入金1ないし4の弁済に充てられたが、本件借入金1ないし4の債務者も我妻であり、被控訴人はその保証人である。

(2) 金融業者借入金5の債務者は我妻であり、被控訴人はその保証人であったところ、被控訴人は、本件借入金5によりこれを弁済し、本件各土地を売却して本件借入金5を弁済したのであるから、所得税基本通達(以下『基本通達』という。)六四―五により所得税法六四条二項が適用される。

(3) 仮に(1)、(2)のとおりでないとしても、被控訴人と我妻は前記各債務につき連帯債務者であるから、基本通達六四―四により所得税法六四条二項が適用される。」

(二) 控訴人の主張

(1) 原判決別表2記載の金融業者からの借り入れは、被控訴人が債務者となって借り入れたものであり、本件借入金1ないし4は、我妻が債務者となっているが、被控訴人が実質上の債務者である。

本件借入金5は名実ともに被控訴人が債務者であり、基本通達六四―五は、資産の譲渡と保証債務の履行に強い因果関係がある場合のものであるから、同通達の適用はない。

所得税法六四条二項は厳格に解釈されるべきところ、本件借入金1ないし4は、本件各土地の譲渡代金による返済を見込んだうえでの借入金であり、複雑迂遠な資金操作をし、同条項を適用して課税を免れるために被控訴人の保証債務となるように形式を整えたものであり、租税回避目的の法律形式の濫用である。

(2) 仮に、被控訴人が本件各借入金の保証人であったとしても、被控訴人は保証契約の当時、債務者である我妻に対し求償権を行使できないことを認識していたから、債務者に利益供与又は便宜供与したものとみなされるべきであり、所得税法六四条二項にいう求償権の行使が不可能となったときに該当しない。

(3) 被控訴人は、平成元年三月二〇日、我妻から一三七〇万円の支払を受けているから、「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」に該当しない。

(4) 被控訴人は、自己の住宅を建替えるべく、本件各土地の一部を大橋宅地株式会社に譲渡する予定であったもので、本件各土地の譲渡は保証債務の履行のために余儀なくされたものではないから、「保証債務を履行するための資産の譲渡」にあたらない。

第三  証拠

原審及び当審訴訟記録中の証拠目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件更正取消の訴えの適法性

被控訴人は、原審において、控訴人がこの点について同旨の主張をしていたのを一旦は撤回しながら、当審において再度主張するのは、訴訟上の黙示の合意に反し、信義則上許されないと主張するけれども、本件における訴えの適法要件は裁判所の職権調査事項であり、当事者の合意、放棄等による処分を許さない性質のものであるから、失当な主張というべきである。

そこで、検討するに、申告納税方式をとる所得税においては、納税申告は、納付すべき税額を確定する効果をもつものであるが、このことは修正申告においても同じであり、本件のような租税特別措置法三七条の二第二項所定の修正申告においても異なることはない。そうすると、本件修正申告により、本件更正よりも増額された課税標準及び納付すべき税額は、その額に確定し、本件更正は本件修正申告に吸収されて消滅したというべきである。この点についての被控訴人の主張は採用できない。

国税通則法一九条四項一号は、修正申告書には「その申告前の課税標準等及び税額等」を記載すべきものとしているところ、現在の実務においては、修正申告書を提出する者が、その前になされた更正につき不服申し立て手続において争っている場合であっても、その者が争っている部分を除外して、その主張する額を記載することを許容しない解釈を前提とした取り扱いをしているように窺われる(但し、本件修正申告において、所轄担当者が右のような実務上の見解に基づいて指導、指摘をしたわけではない。)。右解釈を正当なものであるとすれば(もっとも、国税通則法一九条四項一号をそのように解するべきかは疑問なしとしないが、被控訴人はこの点を問題としているわけではない。)、たしかに更正を争いつつ修正申告をする方法は閉ざされることとなるが、法がそのような方法を認めていないこととなる以上、法の不備によるやむをえない結果というべきであるが、このことから、更正とその後の修正申告の関係及びこの場合の修正申告の効果を前記と別異に解することは相当でない。

したがって、本件更正の取消を求める訴えはその対象を欠くものであるから、不適法として却下すべきである。

二  延滞税賦課決定取消の訴えの適法性

延滞税は、賦課決定等の特別の手続を要せずに、発生し、確定するものであり、取消の対象となる処分は存在しない。

したがって、右訴えは不適法として却下すべきである。

三  過少申告加算税(所得税法六四条二項の適用の可否)

本件賦課決定(過少申告加算税の賦課決定)は、本件更正に基づく納付すべき税額を基礎として計算されたものであるところ、本件修正申告の結果、本件更正よりも増額された納付すべき税額がその額に確定したことは前示のとおりである。しかし、被控訴人主張のとおり、本件各土地の売却による収入金額につき所得税法六四条二項を適用すべきであるのに、これを適用しないものとして違法に本件更正がなされ、本件更正の納付すべき税額を基礎として本件賦課決定がなされたのであれば、本件修正申告により納付すべき税額が前示のとおり確定しても、本件更正とは独立した処分である本件賦課決定に内在する右違法は、当然には治癒されないというべきであるから、さらに所得税法六四条二項の適用の可否について検討すべきである(このことは、国税通則法六五条四項を適用すべきものとしたときも同様である。)。

1  被控訴人と我妻及び札幌基礎調査との関係、札幌基礎調査の営業状況等については、原判決五枚目表五行目冒頭から六枚目表七行目末尾までのとおりであるから(但し、原判決五枚目表八行目から九行目にかけての「株式会社(以下『札幌基礎調査』という。)」を削り、末行の「の二」を「の2」と改める。)、これを引用する。

2  個人金融業者からの借入

証拠(甲一六ないし二〇、二四、二五、二七ないし三六、三九ないし四一、乙八ないし一五、一九、三二ないし三五、六二。特に記載する場合を除き枝番を含む。以下同じ。)によれば、次の事実が認められる。原審証人我妻久芳、同山本健吉の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果中、この認定に反する部分は採用しない。

(一) 金融業者借入金1

昭和五五年一二月五日、被控訴人は岡庄助から二〇〇〇万円を借り受けた。右債務を担保するため、被控訴人は自己所有の札幌市北区北一七条西三丁目二一番五八二宅地277.68平方メートルの土地につき、被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引等(但し、保証取引は挙げられていない。)とし、自己を債務者とする極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定するとともに、極度額六〇〇万円の順位一番の根抵当権が岡に譲渡された。その後昭和五六年五月二七日、右各根抵当権設定登記は抹消されたが、同日、同土地につき譲渡担保を原因として岡に対する所有権移転登記がなされた。

(二) 金融業者借入金2

昭和五六年一月一七日、被控訴人は谷岡憲一及び藤原昭三から三〇〇〇万円を借り受け、被控訴人所有の原判決添付別紙物件目録五記載の土地(以下「本件五の土地」のようにいう。)につき設定されていた債務者を道央建設協同組合とする極度額四〇〇〇万円の順位一番の根抵当権が谷岡及び藤原に譲渡された。同年六月一二日、右消費貸借につき公正証書が作成されたが、同公正証書では被控訴人は債務者、我妻は保証人とされた。

(三) 金融業者借入金3

同年三月四日、被控訴人は長尾勝四郎から九〇〇万円を借り受け、自己所有の札幌市西区手稲東一南七丁目二七番地宅地202.25平方メートルの土地及び同地上の二階建共同住宅につき被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引等(但し、保証取引は挙げられていない。)とし、自己を債務者とする極度額一〇〇〇万円(その後一六〇〇万円に変更)の根抵当権を設定した。

(四) 金融業者借入金4

同年八月一三日から同月二〇日にかけて被控訴人は山本健吉から合計二五〇〇万円を借り受け(これにつき作成された借用証書の債務者欄には被控訴人の署名捺印がされているが、保証人欄は空欄であり、我妻の名は記載されていない。)、被控訴人は自己所有の本件九の土地につき、被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引等(但し、保証取引は挙げられていない。)とし、自己を債務者とする極度額三五〇〇万円の根抵当権を設定した。

(五) 金融業者借入金5

同年一二月二日から昭和五七年五月一八日にかけて山本が貸し付けた合計三三九二万円のうち、同年三月二九日までに貸付のなされた合計二一九二万円は被控訴人を債務者として貸付けられたものであった。

その後の①同年四月一四日の一〇〇万円、②同月三〇日の四〇〇万円、③同年五月一七日の一〇〇万円及び④同月一八日の六〇〇万円は、我妻が債務者として借り受け、被控訴人が保証人となった(その作成時期及び内容からして、同年五月七日に作成された五〇〇万円の消費貸借についての公正証書(甲四〇)は①と②をまとめたものであり、同月一九日に作成された七〇〇万円の消費貸借についての公正証書(甲四一)は、③と④をまとめたものと認められるが、右各公正証書では我妻が債務者、被控訴人が保証人とされており、これらに対応する同年四月二八日付の五〇〇万円の領収書(甲二五)、同年五月一六日付の七〇〇万円の領収書(甲二四)にはいずれも我妻と被控訴人が連名で署名捺印していることから、右のとおり認められる。)。

被控訴人は、同年三月二六日、更に山本のために本件二、三の土地につき被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引等(但し、保証取引は挙げられていない。)とし、自己を債務者とする極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定した。

(六) 以上の金融業者借入金1ないし5の金員は、我妻において実質的に札幌基礎調査のために使用した。その利息は札幌基礎調査において支払った。

3  本件借入金1ないし5について

本件借入金1ないし4について、名義上、債務者が我妻、保証人が被控訴人とされていたことは当事者間に争いがない。

証拠(乙一二、一三、一五ないし一九、二一ないし二六、三〇、三六ないし四三、四五ないし五九、七一、七二、原審証人我妻久芳、同山本健吉、原審における被控訴人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件借入金1

新琴似農協からの本件借入金1の三〇〇〇万円は、借入れ当日の昭和五六年一〇月二日に我妻名義の同農協の普通貯金口座に入金された後、同日払い出され、うち二〇〇〇万円は谷岡及び藤原に対する金融業者借入金2の弁済に充てられ、残りの一〇〇〇万円は岡に対する金融業者借入金1の弁済に充てられた。

(二) 本件借入金2

新琴似農協からの本件借入金2の二七三五万円は、借入れ当日の同年一二月二六日に我妻名義の同農協の普通貯金口座に入金された後、同日払い出されて、うち二五〇〇万円は岡に対する金融業者借入金1の弁済に充てられ、残りの二三五万円は同日同農協に対する債務の弁済に充てられた。

(三) 本件借入金3

篠路農協からの本件借入金3の三八〇〇万円は、借入れ当日の昭和五七年一〇月二六日、被控訴人が同農協から昭和五六年一〇月五日に借り受けた同額の債務の弁済に充てられた。なお、被控訴人が一〇月五日に借り受けた右三八〇〇万円のうち三七二一万三〇〇〇円は、同日被控訴人の新琴似農協の普通貯金口座に入金され、同日、そのうち三七〇〇万円が同農協の定期貯金とされた。そして、同日、右定期貯金を担保にして、我妻が同農協から三七〇〇万円を借り受け、同日、同農協振出しの額面一二〇〇万円の小切手により長尾に対する金融業者借入金3の弁済に充てられ、残りの二五〇〇万円は同月六日、被控訴人の同農協の普通貯金口座に再び入金された。同年一二月二日、右口座から合計二五〇〇万円(うち六〇〇万円は現金によるもので、残りは同農協振出しの額面一三五〇万円及び額面五五〇万円の小切手二通によるものである。)が山本に対する金融業者借入金4の弁済として払われた。昭和五七年一月六日、被控訴人名義の前記定期貯金三七〇〇万円が解約され、同日我妻の同農協からの前記借入金三七〇〇万円の弁済に充てられた。

(四) 本件借入金4

本件借入金4の二三四〇万円のうち二二九二万円は、借入れ当日の昭和五七年一一月二四日に山本に対する金融業者借入金5の弁済に充てられた。

(五) 本件借入金5

本件借入金5の一二三〇万円のうち一二一〇万円は、借入れ当日の昭和五七年一二月二八日に山本に対する金融業者借入金5の弁済に充てられた。

(六) 以上の債務を担保するため、被控訴人は、新琴似農協のために、昭和五六年九月二二日、本件二の土地につき極度額三五〇〇万円の根抵当権を、同年一〇月五日、前記札幌市西区手稲東一所在の土地につき極度額七〇〇〇万円の根抵当権を、同年一二月二六日、前記札幌市北区北一七条西三丁目所在の土地につき極度額七〇〇〇万円の根抵当権をそれぞれ設定したほか、同月二日、新琴似農協は、本件九の土地につき設定されていた極度額三五〇〇万円の根抵当権を譲り受け、昭和五七年一〇月二五日、我妻の母我妻スエ所有の札幌市北区新琴似九条一丁目八五四番七宅地330.72平方メートル及び同地上の居宅につき設定されていた極度額一〇〇〇万円の根抵当権を譲り受けた。篠路農協は昭和五六年一〇月二日、本件五の土地について設定されていた極度額四五〇〇万円の根抵当権を譲り受けた。これらの根抵当権の被担保債務の範囲には、保証取引が含まれていた。

4  以上の事実をもとに、まず本件借入金1、2について、被控訴人がその形式のとおり保証人であるのか、あるいは控訴人の主張するように実質上の債務者なのかについて判断する。

金融業者借入金1ないし5は、札幌基礎調査のために使用され、同社は実質的には我妻の個人会社というべきもので、被控訴人は、同社の取締役の地位にあったが、同社の資金繰りに協力するのが主たる役割であり、月額二〇万円の報酬を得ていただけであったこと、被控訴人と我妻との間で、金融業者借入金1ないし5に対応する金銭貸借契約書が作成されたこと(乙三の3ないし7)からすれば、被控訴人と我妻との間では、金融業者借入金1ないし5の弁済資金は札幌基礎調査又は我妻において出捐すべきものであり、被控訴人が自ら弁済しても、これを我妻に請求し、最終的には我妻の負担とすることが合意されていたものと認められる。このような被控訴人と我妻の関係からすれば、我妻が右金融業者借入金を自ら直接弁済するために、自身が債務者となって金融機関から融資を受け、これについて被控訴人が保証人となり担保提供をすることは、格別異常のものではないし、実体と齟齬するものでもない。もっとも、我妻の支払能力は客観的には期待できないものであったというべきであるが、証拠(原審証人正井邦彦)によれば、新琴似農協は融資に際し、札幌基礎調査について帝国データバンクに調査を依頼したところ、普通であるとの調査結果を得ていたこと、融資により個人金融業者に対する高利の債務を整理して資金を一本化したうえ分割弁済計画を立てる予定であったことが認められるから、融資業務の処理として適切なものといえるかは問題があるとしても、被控訴人が保証し、かつ担保設定がなされていることからすれば、右のような融資の形態が特に異常なものということはできないし、被控訴人が同農協のために設定した根抵当権の被担保債務の範囲には「保証取引」が含まれているのであるから、根抵当権の債務者が被控訴人とされていることに不自然の点はない。

そうすると、本件借入金1、2については、単に形式上のみならず、関係当事者の意思においても実体上も、我妻が債務者であり、被控訴人がその保証人であったというべきである。

実質的には自らの借入債務であるのに、形式的に第三者を債務者とし、自らは保証人となったようなときに、保証人となった者がその債務を履行しても、形式的に債務者とされた者に対して求償できる実体関係にはないから、所得税法六四条二項が適用されないことは明白であるが、本件においては、前示のとおりの事実関係に照せば、被控訴人は我妻に対して求償権を行使し得る関係にあるというべきである。

右のとおり認められる以上、債務者たる我妻の弁済能力が不確実であり、前記各農協がもっぱら被控訴人の資力、被控訴人の提供した担保に着目して融資をしたからといって、所得税法六四条二項に規定する「保証債務」の範囲を限定して、被控訴人の本件各保証を同項の「保証債務」に該当しないとするのは相当でないというべきである。

たしかに、新琴似農協及び篠路農協から融資を受けることなく被控訴人が本件各土地を処分して、直接その代金を自己が単独で債務者となっている金融業者借入金の弁済に充てたときには、所得税法六四条二項の適用の余地はなかったのであるが、証拠(原審証人我妻久芳、原審における被控訴人)によれば、両農協に融資申込みがなされたのは、金融業者借入金が高利であったことから、より低利の農協融資に替えることにより札幌基礎調査の建て直しを図るという合理的な理由があったと認められるのであり、その際、被控訴人において将来、所得税法六四条二項の適用をうけ得ることを予期して、我妻を債務者とし被控訴人を保証人としたとしても、それが実体に反するものではなく、後記のとおり、被控訴人が我妻に対して求償権を行使することが不可能であると認識していたものでない以上、そのような意図それ自体は同条二項の適用を排除するものではないというべきである。

5  所得税法六四条二項は、保証債務を履行するための資産の譲渡があった場合において、その履行に伴なう求償権の全部又は一部を行使することができなくなったときは、その行使不能となった金額に対応する部分の金額は、当該所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定しているところ、その趣旨は、通常、保証人は保証債務を履行することとなっても、主債務者に対して求償権を行使することにより最終的負担を免れ得るとの見通しのもとに保証契約を締結するものであるが、保証債務履行のため資産を譲渡しても、これに反して求償権を行使できなかったときには、その限度で資産譲渡に係る所得に対する課税を差し控えようとするものと解される。したがって、保証人が保証契約締結時に、既に主債務者に対して求償権を行使することが不可能であることを確実に認識していたときには、その実質は主債務者に対し一方的に利益を供与するものにほかならないから、右趣旨からして所得税法六四条二項を適用すべき場合に該当しないというべきである。

本件についてこれをみると、証拠(乙六四、七一、七二、原審証人我妻久芳、原審における被控訴人)によると、札幌基礎調査は設立当初の年度を除き赤字経営で、粉飾決算をしていたこと、我妻も札幌基礎調査も格別の資産を有しておらず、我妻の母スエ所有の前記土地、建物には既に担保価値を超える担保権が設定されていたことが認められること、本件借入金1、2により金融業者借入金の一部を整理した後も、札幌基礎調査の経営はなんら好転しなかったことが認められることからすると、客観的には、我妻が本件借入金1、2を弁済することはほとんど不可能であったということができ、したがって、被控訴人がその保証債務を履行しても、我妻に対して求償権を行使することもほぼ不可能であったということができる。しかし、証拠(原審における被控訴人)によれば、被控訴人は札幌基礎調査の経営の実情、将来の見込を十分把握していたわけではなく、我妻の言を信じて資金協力していたことが認められ、前記のとおり、本件借入金1、2がなされた後も被控訴人がなお昭和五七年五月まで山本から多額の借入れをし、また我妻が借入れをするについて保証人となっていることからすると、被控訴人が我妻ないしは札幌基礎調査において弁済することが不可能であるのを認識しながら、右借り入れ、保証に及んだと認めるのは困難である。したがって、本件借入金1、2につき保証人となった時点で、既に被控訴人が求償権の行使が不可能であることを認識していたと認めることはできない。

しかしながら、(一)本件借入金1の償還期限は昭和五七年一〇月一日、本件借入金2の償還期限は同年一二月一三日で、いずれも元利一括償還とされていた(乙二三、四二、四三)が、我妻も札幌基礎調査も期限に弁済できなかったこと、(二)右借入金のほかに、前記3(三)のとおり我妻が被控訴人の定期貯金を担保にして新琴似農協から借り受けた三七〇〇万円、山本からの前記2(五)の借入金合計三三九二万円をあわせると、同年一〇月の時点で債務は合計一億二〇〇〇万円を超えていたこと、(三)本件借入金4の借入申込書(乙二四)には、償還財源として「土地売却代金により(公共用地売却の計画有)」と記載されており、被控訴人が同年一一月一八日付で札幌市長に対し、本件土地の一部5826.44平方メートルにつき公有地の拡大の推進に関する法律(昭和六三年法律第四一号による改正前のもの)四条一項の届出をしていること(乙二八、二九)からすると、被控訴人は本件各土地の一部を売却して借入金を弁済する意思であったと認められること、(四)本件借入金4の償還期限は同年一二月一三日とされ、元利一括償還とされている(乙二四)が、我妻が同期限にこれを弁済することは不可能であったこと、(五)被控訴人は、本件借入金5により個人金融業者からの借入金を整理した後、我妻に札幌基礎調査の取締役を退任する旨申入れ、昭和五八年五月一五日付で退任の旨の登記がなされたこと(甲三八、原審における被控訴人)、(六)札幌基礎調査は同月三一日に第一回目の手形不渡りを出していること(乙四四)からすれば、既に本件借入金3の融資申込をした昭和五七年一〇月ころには、被控訴人は、我妻または札幌基礎調査が両農協及び個人金融業者からの多額の借入金を弁済することは不可能であることを認識し、本件土地の一部を売却してその弁済に充てるほかないことを認識していたものと認められる。そして、我妻には格別の資産はなかったのであるから、被控訴人が土地売却により本件借入金1ないし5を弁済しても、我妻に求償権を行使することは不可能であることも認識していたものと認めることができる。原審における被控訴人の供述中、この認定に反する部分は採用しない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件借入金3ないし5について被控訴人がなした債務の履行に関しては、所得税法六四条二項の適用の余地はないというべきである。

6  本件借入金1、2についての保証債務履行による求償権を行使することが不可能となったかについて判断する。

証拠(乙七〇ないし七二、弁論の全趣旨)によれば、我妻の母スエ所有の前記土地、建物につき設定されていた極度額一〇〇〇万円の根抵当権は昭和五七年一〇月二五日、新琴似農協に譲渡され、債務者も我妻と変更されていたが、昭和五八年一〇月三一日、右根抵当権は新琴似農協から被控訴人に譲渡されたこと、右根抵当権の後順位に株式会社北洋相互銀行が極度額四〇〇万円の根抵当権を設定していたほか、更に一〇〇〇万円の抵当権が設定されていたこと、我妻は、昭和六一年三月一七日、右土地、建物を相続により取得したが、平成元年三月二〇日、これを七一一五万二三二〇円で売却し、その代金から一三七〇万円を被控訴人に支払い、同日右根抵当権は解除されたことが認められる。

しかし、証拠(甲四六、乙七一、七二)によれば、前記土地、建物には被控訴人が譲受けた右根抵当権に優先する極度額合計二二〇〇万円の根抵当権が設定されていたこと、昭和六〇年当時の右土地付近の路線価は一平方メートルあたり五万一〇〇〇円にすぎなかったこと、右建物は建築時期は不明であるが昭和四五年八月に増築されたもので、それ自体の価値は低いものであったことが認められ、右土地、建物が前記のとおり平成元年三月に前記価額で売却されたのは、もっぱらその後の土地価格の高騰によるものと考えられるのであって、本件賦課決定のなされた昭和六〇年一〇月五日の時点においては、被控訴人が前記根抵当権を実行して求償債権に充てることはできなかったと認めるのが相当である。

7  また、控訴人は、本件各土地の譲渡は被控訴人の住宅の建替えのために予定されていたもので、保証債務の履行のために余儀なくされたものではないから、保証債務を履行するための資産の譲渡にあたらないと主張するけれども、被控訴人が新琴似農協及び篠路農協に対する前記債務を弁済するためには本件各土地の一部を売却する必要があったこと、現に本件各土地の譲渡代金の一部が保証債務の履行に充てられたことは前示のとおりであるから、被控訴人がそれとは別に、住宅の建替えのために本件各土地を譲渡する計画を有していたとしても、そのこと自体は所得税法六四条二項にいう「保証債務を履行するための資産の譲渡」と認めるのを妨げるものではない。

四  以上によれば、被控訴人が本件譲渡代金の一部をもって本件借入金1、2についての保証債務の履行として弁済した合計六二二九万五九五一円については所得税法六四条二項が適用されるべきこととなる。

そうすると、被控訴人が確定申告において申告すべき課税標準は五六七八万七六七五円、課税所得金額は五四六六万二〇〇〇円、納付すべき税額は一一六五万〇二〇〇円となる(乙第一号証の2によれば、譲渡費用は五九二万一五〇〇円であり、右譲渡費用は本件各土地のうち宅地部分についてのものと認められる。)から、過少申告加算税は一一四万一〇〇〇円となる。

したがって、本件賦課決定のうち一一四万一〇〇〇円を超える部分は違法というべきであるから、本件賦課決定の取消請求は、右の限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却すべきである。

第五  よって、これと異なる原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官河合治夫 裁判官髙野伸)

別紙個人金融業者借入一覧表

番号 借入年・月・日(昭和)

氏名 金額

1    五五・一二・五

岡庄助 二〇〇〇万円

2    五六・一・一七

谷岡憲一・藤原昭三 三〇〇〇万円

3    五六・三・四

長尾勝四郎 九〇〇万円

4    五六・三・四

山本健吉 二五〇〇万円

5    五六・八・一三から八・二〇

山本健吉 三三九二万円

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